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横浜地方裁判所 昭和55年(ワ)2398号 判決

原告

山田正三

右訴訟代理人

岡村大

被告

高井昭吉

右訴訟代理人

宇野峰雪

鵜飼良昭

柿内義明

野村和造

主文

一  原被告間の別紙物件目録記載の建物についての賃貸借契約における賃料は、昭和五五年五月一日以降一か月金一七万四、〇〇〇円であることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原被告間の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。)についての賃貸借契約における賃料は、昭和五五年五月一日以降一か月金二〇万円であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

〈以下、事実省略〉

理由

一1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉を総合すると、原告は、遅くとも昭和五五年四月末日までに被告に対し、本件建物の賃料を同年五月一日から月額二〇万円に増額する旨の意思表示をし、これが被告に到達したことが認められる。

二1  そこで、まず、本件建物について賃料増額事由が存するかどうかについて検討する。

被告は本件建物を昭和五〇年五月一日から賃借していること、本件建物の賃料は右契約当初は一か月一五万円であつたが、原被告間の合意で昭和五三年三月一日から一か月一六万五、〇〇〇円に改訂されたことはいずれも当事者間に争いがない。而して、総理府統計局の資料による全国消費者物価指数(総合)は昭和五三年から昭和五四年にかけて3.6パーセント、昭和五四年から昭和五五年にかけて8.0パーセント上昇しており、横浜市の消費者物価指数(総合)は昭和五三年から昭和五四年にかけて3.9パーセント、昭和五四年から昭和五五年にかけて8.1パーセント上昇していることは、当裁判所に顕著な事実であり、鑑定の結果によれば、昭和五三年から昭和五五年五月の間に、卸売物価指数は昭和五三年を一〇〇とすれば127.1に、横浜市家賃間代指数(横浜市の貸家約五〇〇戸の継続調査による平均上昇率)は昭和五三年を一〇〇とすれば116.8に、公租公課は本件建物については変動はないものの敷地については上昇し、土地建物併せた公租公課を昭和五三年について一〇〇とすれば101.6に、それぞれ上昇していることが認められる。してみると、昭和五五年三月一日に改訂された本件建物の前記賃料は、物価、公租公課、同市内の建物の家賃の上昇から考えて、昭和五五年五月一日現在不相当に低額となるに至つたものということができ、右時点において原告よりその増額請求をなしうべき事由が存在したものといえる。

2 次に、前記増額請求により増額された相当な賃料額について検討する。

ところで、適正賃料額の算定にあたつては、各種の算定方式を併用し、それを比較考量したうえ、借家法七条所定の諸契機に賃貸借当事者間の主観的・個別的事情をも加味して総合的に判断する必要があるところ、鑑定の結果によれば、鑑定人は評価の方法として積算法、比較法及びスライド方式により試算賃料を求め、それらを総合勘案して相当賃料額を算定しており、その方法は妥当であり、且つ、鑑定人の採用した土地・建物価格及び利回り率等の数値は十分信頼できるところであるから、鑑定の結果を基礎にして、〈証拠〉並びに鑑定の結果によつて認められる次の(一)ないし(四)の諸事情を参酌して、右各種算定方式による賃料をみることとする。

(一)  被告は本件建物の二階に居住し、一階店舗において中華料理店を営んでいるが、本件建物は東横線、横浜市営地下鉄線高島町駅西側至近に位置する普通商業地域に存するものの、当該地域は商業地域としては人通りも少なく店舗地域としては比較的恵まれていない地域であること、しかも、横浜市で推進している横浜駅東口地区再開発計画による造船所等の移転により、被告の営業は少なからぬ影響を受け客が減少していること、

(二)  本件建物の形状は長方形をなしておらず使用しにくい面があるうえ、日照も良好ではなく、その面では住環境として恵まれていないこと、

(三)  本件建物賃貸借契約には、更新時に賃料の三か月分の更新料を支払う旨の約定があり、昭和五五年五月一日に本件賃貸借が更新されるにあたり、被告は原告に対し四五万円を支払つていること、又、本件賃貸借契約締結に際し、被告から原告に敷金三〇万円及び保証金一〇〇万円が支払われているが、右保証金については、これを毎年一〇万円宛償却という形で原告の所得とすることが合意されていること、

(四)  鑑定人が本件建物の一階店舗部分の比準賃料算定の基礎として採用した取引事例四例のうち、二例はいずれも昭和五五年六月ないしは同年八月に賃貸借契約が更新されたものであるが、更新後の賃料額をそのまま算定の基準に使用していること、又、一例は車二台分の駐車場の使用権が付いているものであることが考慮されていないこと、

(積算賃料)

鑑定の積算賃料一か月一七万七、三〇〇円に対し、右(三)で認定したとおりの更新料、敷金、保証金の支払があるところ、〈証拠〉及び鑑定の結果によれば、右のうち更新料と保証金の償却について鑑定では考慮していないことが認められるから、この点について考慮して積算賃料を算出すると、次のとおり積算賃料は一か月一六万〇、九四四円となる。

更新料

保証金運用益及び償却額(未償却額50万円を今後5年間で償却)

保証金、敷金の運用益(鑑定書記載)

保証金の運用益

運用益及び償却額の合計

(イ)+(ロ)+(ハ)−(ニ)=23,974円  (ホ)

積算賃料(月額)

(比準賃料)

鑑定では、本件建物の一平方メートル当りの実質賃料額の算定にあたり、保証金、敷金の運用益を八一円と算定しているが、前記のとおり保証金と更新料の償却についても考慮すべきところこれをしていないところであるから、この点について考慮すると、次のとおり更新料、保証金、敷金の運用益及び償却額は合計一平方メートル当り二五四円となる。

したがつて、鑑定の比準賃料から右保証金、敷金、更新料の償却並びに運用益を控除して本件建物の支払賃料月額を算出すると次のとおり一九万七、一二八円となる。

1階店舗部分賃料

2階居住部分賃料

(ヘ)+(ト)=197,128円

但し、右比準賃料によつて算出された本件建物の賃料額は前記(四)で認定したとおり基準として採用した取引事例が必ずしも適切でないうえ、同(一)、(二)で認定したような本件建物の特殊性が考慮されていないから、本件建物の相当賃料額認定の基準としてはやや高額に過ぎるものというべきであり、そのまま採用できない。

(スライド賃料)

鑑定によれば、昭和五三年から昭和五五年五月までの間における卸売物価指数、横浜市家賃間代指数及び公租公課の上昇率は前記二の1において認定したとおりであり、従前賃料一六万五、〇〇〇円に右三指数の上昇率の平均値115.2を乗じて昭和五五年五月時点のスライド賃料を算出すると一九万〇、一〇〇円となる。

なお、前記二の1のとおり消費者物価は卸売物価に比較するとその上昇率は幾分緩やかであることが認められるから、右スライド賃料の算定にあたって、卸売物価指数の代りに消費者物価指数を算定の基準に採用した場合は、スライド方式による相当賃料額は右金額に比べ幾分低めの金額になるものと思料される。

以上三方式によつて算定した賃料額につき、前記のとおり積算賃料及びスライド賃料に重点を置き比準賃料を参考にして、更に前記認定の本件建物賃貸借の諸条件、殊に本件建物の賃料は昭和五〇年に一五万円であつたところ、昭和五三年三月一日から一六万五、〇〇〇円に増額されており、右時点から本件賃料増額請求まで二年余りしか期間を経過していないことなども総合考慮して、昭和五五年五月一日に増額された相当賃料額を判断すると、右は一か月金一七万四、〇〇〇円であると認めるのが相当である。

三〈省略〉

(竹花俊徳)

物件目録〈省略〉

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